銀杏返しとは、江戸時代末期から明治・大正時代にかけて、幅広い年齢層の女性に愛された日本髪の代表的な結綿(ゆいわた)の一種です。一束にまとめた髪を根元で二分し、左右に輪を作ってまとめた形が「銀杏の葉」を広げたように見えることからその名がつきました。非常にポピュラーな髪型であり、結い方や輪の大きさを変えることで、少女から既婚女性、さらには粋な芸者まで、それぞれの立場や年齢にふさわしい表情を演出できるのが最大の特徴です。

明治時代には、人気を博した「娘義太夫(むすめぎだゆう)」や芸者たちが、あえて髷(まげ)を大きく結うスタイルを流行させたことで、30代以上の落ち着いた女性たちの間でも「小ぶりで上品な銀杏返し」が日常着に合う髪型として定着しました。また、ここから派生した「桃割れ(ももわれ)」や「唐人髷(とうじんまげ)」は、さらに華やかさを加えた少女向けのスタイルとして、現代でも七五三や成人式の和装ヘアのルーツとして受け継がれています。

主なポイント

  • 変幻自在なフォルム: 髷の輪の大きさや位置を調整することで、十代の「可憐さ」、二十代の「華やかさ」、三十代以降の「しっとりとした色気」など、年齢に合わせた美しさを表現できる。
  • 立場による記号性:
    • 若い娘: 輪を大きく、ふっくらと結い、若々しさを強調する。
    • 若妻: 髷をやや上向きにシャープに結い、凛とした印象を与える。
    • 芸者: 髷の重心を後ろへ下げ、うなじを強調する「抜き」を大きくすることで、粋でやかな雰囲気を醸し出す。
  • 「桃割れ」との関係: 銀杏返しの左右の輪を上部で繋げ、割れた桃のように見せるのが「桃割れ」。より幼く可愛らしい印象になるため、未婚の少女に好まれた。
  • 装飾の楽しみ: 髷の間に「鹿の子(かのこ)」と呼ばれる絞り染めの布をかけたり、季節の簪(かんざし)を差したりすることで、着物の柄とのトータルコーディネートを楽しんだ。
  • 明治のファッションリーダー: 舞台で活躍する女性たちが流行の火付け役となり、現代のヘアトレンドと同様に、憧れの存在の真似をすることで一般に広まった。