和櫛とは、日本髪を結い上げる際に使用される伝統的な櫛の総称です。主にツゲ(黄楊)などの木材で作られ、静電気が起きにくく髪に優しいのが特徴です。日本髪の複雑な造形(結髪)には、髪を梳かすだけでなく、面を整える、ボリュームを出す、形を固定するといった繊細な操作が求められるため、部位や工程に合わせて驚くほど多彩な形状の櫛が使い分けられます。

最大の特徴は、「髪の部位に特化した専門性」にあります。歯の長さ(深歯・浅歯)や、歯の間隔(ネズミ歯・粗歯)が1ミリ単位で設計されており、これらを自在に操ることで、地毛を彫刻のように美しく整えます。江戸時代から続く職人技が詰まった道具であり、現代でも成人式や婚礼の日本髪、歌舞伎や日本舞踊の舞台裏で欠かせない、和装美を支える「魔法の杖」ともいえる道具です。

主なポイント

  • 「素材」の機能性: 黄楊(つげ)などの天然木に椿油を染み込ませて使用することで、髪にツヤを与え、摩擦によるダメージや乾燥を防ぐ。
  • 「歯」の密度による使い分け:
    • ネズミ歯(密): 非常に目が細かく、細い産毛を整えたり、表面に美しい光沢(面)を出したりする際に使用。
    • 粗歯(粗): 髪の絡まりを解いたり、大きく毛流れを誘導したりする導入工程で使用。
  • 「深さ」による操作性:
    • 深歯(ふかば): 厚みのある毛束をしっかりと捉え、土台を安定させる。
    • 浅歯(あさば): 表面の仕上げや、細かな毛流れの微調整に適す。
  • 「部位別」の代表的な和櫛:
    • きわ出し: 生え際(キワ)の細い毛を精密に整える。
    • たぼかき: 後頭部の膨らみ(たぼ)の形を内側から整え、ボリュームを出す。
    • びん出し・びんとかし: 顔の両サイド(鬢/びん)をふっくらと膨らませ、撫でつける。
  • 「筋立て(すじたて)」の技: 櫛の歯の跡をあえて残して毛流れを強調するなど、和櫛そのものがデザインを生み出す筆のような役割を果たす。
  • 「一生もの」の道具: 適切に手入れ(油通し)をされた和櫛は、使い込むほどに持ち主の手と髪に馴染み、飴色の深い風合いへと変化していく。